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東京高等裁判所 昭和52年(く)212号 決定 1977年11月02日

申立人 吉住春夫

主文

原決定を取り消す。

申立人(請求人)に対し金二四万七、〇九〇円を交付する。

理由

本件即時抗告の趣意は、申立人代理人両名が連名で提出した即時抗告の申立書および同補充書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

本件即時抗告の理由とするところは、要するに、原決定は、申立人に対する費用補償として、(1)申立人の旅費日当二万八、七〇〇円(2)弁護人であつた者(本件申立人代理人二名)の旅費日当四万八、三九〇円(3)弁護人であつた者に対する報酬(以下「弁護人に対する報酬」という)一二万円、以上合計一九万七、〇九〇円を交付する旨決定したが、右補償額は低過ぎる。特に弁護人に対する報酬一二万円はあまりにも低額であり、申立人はとうてい納得することができない。即ち刑訴法一八八条の二第一項によつて補償される裁判費用のうち弁護人に対する報酬の額は、国選弁護人に支給すべき報酬の額と一致するかのごとくである(同法一八八条の六第一項、刑事訴訟費用等に関する法律八条二項)が、本件申立人のように私選弁護人を選任した者は、弁護人に対し日弁連報酬等基準規程に基づき手数料、報酬(本件では右基準規程の最低額の手数料三〇万円、謝金四〇万円)を支払わざるを得ない立場にあり、前記のとおり、刑訴法一八八条の二第一項によつて補償されるべき弁護人に対する報酬が、国選弁護人に支給される報酬額と一致するものと解するとすれば、申立人は常に実際に要した費用を下廻る額の補償しか受けられないのであつて、このような解釈は無罪の判決を得た被告人に不当な不利益を与えるものであり「裁判に要した費用の補償をする」との刑訴法一八八条の二第一項の明文に反するというべきである。また仮に刑訴法一八八条の六第一項にいう「弁護人であつた者に対する報酬」の額が、国選弁護人に支給される報酬の額と一致すべきものであると解しても、申立人は本件で記録謄写費用二万四、〇六〇円、弁護人が裁判所に提出した関係書類のタイプ費用一〇万一〇〇円を支出しているところ、昭和五二年四月一日最高裁刑二第四九号刑事局長および経理局長通達(国選弁護人に給すべき報酬額について)によれば、国選弁護人に対する具体的報酬額の決定にあたつては、記録謄写費用を参酌するのが相当であるとされており、また、本件が医学的知識を必要とする特殊な事案であることに照らせば、被告人が裁判所に提出した書類のタイプ代も「訴訟の準備のために特に必要な経費」として参酌されるべきであること、本件事件の鑑定人二名に対してはいずれも一〇万円をこえる高額な鑑定料が支払われていること等の事情を考慮すれば、原決定が弁護人であつた者に対する報酬として認定した額一二万円は、いずれにしても低過ぎて不当である、というのである。

よつて審究するに、まず、記録によれば、原決定が認定した補償額のうち、被告人であつた者および弁護人であつた者に対する旅費、日当は、当裁判所も原決定が認定した額(原決定別紙計算書参照)が相当であると認められるから、右認定額が低過ぎると主張する所論は採用することができない。

次に、弁護人に対する報酬として原決定が認定した一二万円が相当であるか否かについて検討するに、裁判所が弁護人であつた者に対する報酬を決定するにあたつては、刑事訴訟費用等に関する法律八条二項が準用される(刑訴法一八八条の六第一項)から、裁判所は、当該事件の難易や、弁護活動の実績等を考慮しながら、その裁量によつて相当と認める金額を算定することになる(刑事訴訟費用等に関する法律八条二項)のであるが、右相当と認める金額とは、国の行なう補償として客観的に適正な額をいうのであつて、必ずしも現実に支払われた報酬額や、日弁連の報酬等基準規程によつて算定されるべきではなく、刑事訴訟費用等に関する法律八条二項の運用として、国選弁護人に支給される報酬額の算定基準が最高裁判所の通達によつて定められ、これが各裁判所において一応の参考基準として広く採用されている現状においては、刑訴法一八八条の六第一項にいう弁護人であつた者に対する報酬額も、右の国選弁護人に支給すべき報酬額に準じて定めるのが相当と解すべきである。そこで本件についてこれをみるに、記録によれば、本件は、被告人が犯行時にてんかん発作等を原因とする一時的意識障害を起していたかどうか、即ち被告人の責任能力の有無が主たる争点となつた特殊な事案であり、訴訟関係人において脳波学、てんかん学など専門的な医学知識を必要としたこと、本件においては事故関係者を証人として取り調べたほか、鑑定人二名および被告人(申立人)に対する質問も実施され、公判も判決公判を含め一五回を重ねたこと、申立人は本件で起訴された後記録の謄写費用として一万九、〇六〇円を支出したこと、弁護人は本件において弁論要旨等の書面をタイプで浄書して裁判所に提出しているが、右は本件事案の特殊性等に鑑み必要かつ相当な行為と考えてよいこと等の諸点が認められ、以上のような本件事案の困難・特殊性、開廷回数、弁護人の活動に必要と認められる記録の謄写料、弁護人の公判前の準備活動を含む訴訟活動等を総合考慮すれば、本件弁護人に対する報酬は金一七万円を給するのが相当と認められるから、これを一二万円と認定した原決定は不当であり取消を免れない。本件即時抗告は右の限度で理由がある。

そこで刑訴法四二六条二項により、原決定を取り消したうえ、前記説示したところに従い、申立人(請求人)に対し無罪費用補償として金二四万七、〇九〇円(その内訳は別紙計算書のとおり)を交付することとし、同法一八八条の七、刑事補償法一六条前段により主文のとおり決定する。

(裁判官 小松正富 千葉和郎 鈴木勝利)

別紙 計算書

公判期日(年月日)

被告人であつた者

弁護人であつた者

旅費(円)

日当(円)

旅費(円)

日当(円)

報酬(円)

第一回(50・3・10)

三八〇

一、一〇〇

二八〇

(一四〇)

二、八〇〇

(一、四〇〇)

第二回(50・4・28)

三八〇

一、一〇〇

二八〇

(一四〇)

二、八〇〇

(一、四〇〇)

第三回(50・5・19)

三八〇

一、一〇〇

二八〇

(一四〇)

二、八〇〇

(一、四〇〇)

第四回(50・6・23)

三八〇

一、一〇〇

二八〇

(一四〇)

二、八〇〇

(一、四〇〇)

第五回(50・11・17)

三八〇

一、一〇〇

二八〇

(一四〇)

二、八〇〇

(一、四〇〇)

第六回(51・1・29)

四二〇

一、六〇〇

一四〇

一、八〇〇

第七回(51・3・1)

四二〇

一、六〇〇

二八〇

(一四〇)

三、六〇〇

(一、八〇〇)

第八回(51・4・12)

四二〇

一、六〇〇

二八〇

(一四〇)

三、六〇〇

(一、八〇〇)

第九回(51・5・13)

四二〇

一、六〇〇

一四〇

一、八〇〇

第一〇回(51・9・14)

四二〇

一、七〇〇

二八〇

(一四〇)

三、九〇〇

(一、九五〇)

第一一回(51・10・20)

四二〇

二、五〇〇

二八〇

(一四〇)

五、〇〇〇

(二、五〇〇)

第一二回(51・11・8)

四二〇

一、七〇〇

二八〇

(一四〇)

三、九〇〇

(一、九五〇)

第一三回(51・11・29)

四二〇

一、七〇〇

二八〇

(一四〇)

三、九〇〇

(一、九五〇)

第一四回(51・12・9)

四二〇

一、七〇〇

一四〇

一、九五〇

第一五回(52・2・1)

四二〇

一、四〇〇

一四〇

一、三〇〇

小計

六、一〇〇

二二、六〇〇

三、六四〇

四四、七五〇

一七〇、〇〇〇

合計

二四万七、〇九〇円

(備考) 1 第六回、第九回、第一四回および第一五回各公判期日には弁護人はいずれも一名のみ出頭した。

2 弁護人であつた者の旅費、日当のうち括弧内の金額は一名分をさす。

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